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  • 2014-6-8
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2000年4月。 これはタマヒルズの当時の副支配人トニーさんと初めて撮った写真。

1999年5月フロリダゴルフ修行から日本に戻り、妻とふたりで多摩センター駅(多摩市)近くのアパートで生活を始めた。

それから約1年、アメリカで勉強してきたゴルフをどこで活かそうか考えながら朝刊の新聞配達、そして昼はラーメン屋(西海)で皿洗いをしてカラダを動かしていた。

俺が日本に帰国するのと同時に妻は多摩センターのベネッセにヘッドハンティングされ、ポストが決まっていた。 ふたりとも初めて多摩市の住人に。

俺が帰国する前に妻はひとりで、アパート探し。 会社(ベネッセ)の近くに という理由と、多摩市にゴルフ場がいくつかあることを知り、将来夫の俺が仕事のチャンスに恵まれるのではという気持ちもあり、馴染みのあった都会を離れたそうだ。

2000年の4月のある朝。

仕事に出た妻は、昼前にオフィスから俺にメールをしている。 自宅のパソコンにだ。 内容は「今日あたり、東京国際を訪ねてみては?仕事につながるかもよ」という感じだったかな。

単純に東京国際が住んでいるところから一番近いゴルフ場だったからだ。

不思議なことだが、俺はそのメールを読まずに、新聞配達の仕事場から借りている自転車に乗って、米軍の多摩ヒルズに向かったのだ。

理由は、、、「今日だ!」 って感じたから。

どうも近くに米軍のコースがあることは聞いていた。 新聞に入るチラシの中に多摩市の体育課からのものがあり、ゴルフの先生できるならやりますよって訪ねたときに親切な職員が教えてくれた。

頭の片隅にあった米軍のコースに向けて自転車漕いだ。 そこに行けば何かがある気がしたからだ。

ナビもスマホもないからまさに勘だけの勝負。

あの当時、まだゲートに憲兵などいなかったからすっと中に自転車で入っていった。

もしや、機関銃を持った兵士が立っていたら、と想像していたからかなり拍子抜けだった。

どうしてそうなったのかは、はっきり覚えていないが、スタ ッフの女性に通訳してもらい、写真の副支配人のトニーさんに、「この施設を使って近隣の子どもたちのレッスンをさせてもらえないでしょうか?」と聞いたのだ。

トニーさんは、ここは米軍専用なので、それはできない。しかし、君はプロなんだろ?では、いまから私と一緒にゴルフをしようと、いきなりそんなことを言い出した。

レンタルクラブを借りてふたりで1番からスタート。

1年間、多摩ニュータウンの団地の5階まで階段昇って新聞配達して鍛えた足腰のおかげでなんだか良いゴルフできた。

プレーの途中でトニーさんから、「ここで軍人相手のレッスンをしてみないか?」とありがたい話をいただいた。

もし、その日妻のメールを読んで東京国際に行っていたら

もし、その日副支配人のトニーさんじゃなくて、支配人だけしかいなかったら

もし、トニーさんの実家がフロリダじゃなかったら、、、、

もし、その日、、、、と考えると不思議な縁にただただ感謝する気持ちが大きくなってくる。

フロリダに住んでいるとき、わけもなくアメリカの地にもっと住みたいという気持ちになった時期がある。 弁護士に何か良い方法があるか聞いたこともある。 あのとき強く祈ったことがこうして現象としてあらわれたんだと思った。

日本の中のアメリカ。 わざわざ海を渡らずとも、自転車で自宅から30分で来れたのだ。

記念にと、なんとかこの一枚を撮った。

誰のカメラ?どうやって、まったく覚えていない。

夕方、プレーが終わり、帰り支度をしたトニーさんは、自分のセダンのトランクに俺が乗ってきた新聞配達用の自転車を入れて、俺を家まで送ってやるよと言ってくれた。 結局自転車が大きすぎて入らず、だめだったが。 優しいひとです。

帰り、多摩ヒルズの門を出てすぐ、自転車乗りながら妻に電話して、「すごいことが起きたぞ」って興奮してその日の出来事伝えた。

あのときトニーさんにしどろもどろでアピールし、口からでまかせの近隣の子どもたちのレッスン、、、なんとそれはタマキッズとして現実のものとなり、 昨年阿部未来が世界ジュニアで優勝するというおまけまでついた。

俺のことを心から応援してくれた妻に感謝。

トニーさんを始め、いろいろ助けてくださった方々に感謝。

また、この先、自分が素敵な結果をあらわすことができるよう、今、しっかり祈っていかないと、そう改めて思った。

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